【せんべい】 大本山總持寺祖院御用達 『栄煎堂煎餅』

和菓子(金沢)栄煎堂のこだわり

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お菓子問屋の間でも大評判! 栄煎堂ブランドの煎餅

終戦後まもなく、職人気質をまるだしにしたひとりの男が、能登輪島で煎餅焼きに取り組み始めました。そして、それからというもの、進みゆく時代の喧騒にも耳をかさず、“ゆるりゆるり”をモットーに、一枚一枚ただひたすらに手焼きにこだわり、焼きつづけました。

まんまるでもなく形はまちまち。何の飾り気もなく、また一切飾ろうとしない・・・。そんな見た目の悪さも気にせず、味の吟味ひとすじに、今日までただただ焼き通した煎餅。それが能登輪島の「栄煎堂 朝市せんべい」です。実際、お菓子問屋の間でも、私達のせんべいは非常に高い評価をいただいています。

時は歩み、栄煎堂にも世代交替の時がやってきました。 半世紀にわたる焼きと味の伝統を体で教わり、感じて学んだ職人技を父(中森一栄)から子(中森治)へと受け継がれました。職人技で焼き上げた新しい煎餅の詳密な味を、四季折々ご賞味ください。

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お菓子問屋の間で人気のワケ ~ 輪島名物「塩煎餅」の起源 ~

能登輪島の朝市の歴史は古く、その起源は遠く奈良朝の頃までさかのぼります。
海に生きる人々は海の幸を、山里に暮らす人々は山や大地の恵みを朝市に持ち寄って交換し合い、そこに一大交易の場が生まれました。

その後、地元の大百姓(麦屋と呼ばれていた)は、近郊で取れる小麦を集め、石臼で粉にして素麺の原料として出荷。
また、北前船によって運ばれてくる他産地の小麦粉も原料に、輪島は素麺を製造する民家が100軒を超え、素麺の一大産地になりました。

その頃輪島では、「輪島塗」という言葉はなく、漆器を作る民家が数軒存在しただけで、その当時の輪島の一大産業は素麺でした。
素麺作りの原料となる小麦粉の粉挽きの際歌われた作業歌が、石川県民謡「能登麦や節」、富山県民謡「麦や節」です。

素麺の製造工程で出来る副産物の切れ端をまとめて、天日に干し、焼いて食したのが「しおせんべい」の始まりです。
また、副産物の切れ端を円柱形の棒に塗りたぐり、くっつけて一定量になってから窯で焼き上げたものが車麩の始まりです。輪島のしおせんべいの起源は、たいへん大昔だったことにビックリしませんか?

現在、栄煎堂では、この歴史あるしおせんべいを、お菓子問屋等への卸売(間接販売)のみならず、朝市等で自ら対面販売(直接販売)しています。取引をご希望のお菓子問屋様は、お気軽にお問い合わせください。

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